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妖怪概念の変遷

えむい問題に入る前に抑えておきたいところがありました。
妖怪とは何かという大問題であります。
……すいません。わかりません。

妖怪というものは決して小難しいものではありません。
その裾幅は思いのほか広く、おっかないものからただ面白いものまで妖怪というカテゴリーになりうるのです。

ただ妖怪という概念は複雑であります。
専門的な定義は未ださだまらず別々の事象がいっしょくたに扱われ、混乱が混乱を呼んでいるのが学会の状況のようであります。

がしかし、もともと妖怪とは不思議なる者、説明しかねるものであります。逆に小難しく考える学者や横好きが混乱するのもまた妖怪的なる現象と言えるかもと思います。

難しく考えたい人は難しく考えれば良いのです。
しかし文化とは理屈云々の前に今目の前にあるものとことが全てでありまして、我々一般人の思う「妖怪」のイメージを否定することは何者にも出来かねることです。
結局のところ「妖怪と『妖怪」として人々に扱われているもの」です。
私たちが妖怪に対して持っているイメージそのままで読んでいただければ結構です。

正直言いますと説明出来ない程度にはわからないのでした。



ただその妖怪なる概念が中世・江戸期・近代・現代と変遷して来たことの説明を欠くことはこの先のためにちょっと無理そうです。

その変遷とは大雑把なもので次のようになります。


0 自然現象・危うきの人格化=「説明としての妖怪」の発見(古代)

1 人間に退治される対象、討伐され制御されるべき超自然的存在(中世)

2 人間にもて遊ばれる空想のキャラクターとしての妖怪(江戸期)

3 忘却と再発見(近代)


以上のような経緯で妖怪の扱われ方は変わってきました。

まず0について簡単に申し述べますと、妖怪とはなんらかの現象に対する説明装置として発見された理であります。もっともこれはいまいちど説明するまでもないほど知名度を得た説でありますが……
まあようするに「空中の水分同士が衝突して放電する」現象をかみなりさまなる神様のせいにする、とか、自分が貧乏なのは貧乏神に憑かれているためである
などと言ったところであります。

この段階での妖怪とは「畏れの対象」であります。
神様とそう大差がない状態であり、この状態の想定された人格が祭祀されることにより神になり、ただ恐れられるものが妖怪になるとは現代妖怪学のラスボス小松和彦の言うところです。

ついでの段階。
この時期での妖怪とは「退治の対象」であります。
およそお武士様が台頭を始め、血筋よりも腕っ節度胸が世から問われる時代のことでありました。
そのためでありましょうか。武士による妖怪討伐肝試し妖怪から力を授けられたり妖怪から生まれた豪傑などの説話が多くなる時期でもあります。
非日常の存在、畏れの対象であった妖怪を退治することにより人間の力を示さんとしたのでしょうか。
朱天童子や、天狗に稽古をつけられた牛若丸、魔王山ん本五郎左衛門をくそ度胸でうならせる稲生物怪録などのお話が有名かと思います。
この時期に上記では曖昧であった妖怪と神の区別が退治されるか否かでより明確なものとなります。


次いで江戸期の段階、
この時期妖怪の扱われ方が大きく変わりました。大激動でございまして、これを「江戸の妖怪革命」と申します。
江戸期大衆に流通する娯楽が発展し、科学的知識も広がりつつあったこの時期、妖怪はついに「おもちゃ」となるのであります。
文字通りの意味と文字通りじゃない意味両方であります。

まず文字通りこの時期妖怪を扱った「商品」が多く流通しました。
玩具であり、お化け屋敷であり、黄色表紙と呼ばれる当時の娯楽雑誌(今で言う少年ジャンプであります)などなど。そうキャラクター商品であります。

同時におはなしの世界での妖怪たちもおもちゃのように扱われます。
退治される対象だった妖怪たちは人間の知恵に騙されからかわれ、馬鹿にされる対象になりました。
その代表こそが豆腐小僧。「不安感」を誕生の背景に持たぬまさに革命的妖怪であります。
妖怪道中双六に詳しくありますが、豆腐小僧は恐怖の対象でも退治の対象でもなく愛で楽しむ対象のキャラクターであり、妖怪とされながらもそれまでの妖怪とは生まれを異とするものなのでありまして、豆腐小僧の存在こそが妖怪概念その定義と議論を複雑化した一要因と極論することができるのです。

この江戸の妖怪革命により、
妖怪とは「説明できない現象」や「人間の感情」を背景にするものだけに限らず、創作された妖怪っぽい文脈とルール上で創作・発見されたものをも妖怪とされるようになったのです。
この時期創作されたものは今も妖怪として立派に扱われており、泥田坊などが有名でしょうか。
またこの時期、妖怪と幽霊の区別が明確になりました。
「商品・楽しみの対象」となった妖怪の代わりに「畏れ」や「退治」の対象を担ったのが、お菊さんやかさねなどの特に女性の幽霊でありました。


……以上が妖怪概念のおおまかな変遷であります。
よくわかりませんね。私もです。
このように変化し続けた対象をまとめるから混乱が起きるのですが、この煙に巻かれる感こそが妖怪を考える醍醐味であると私は考えております。
とにかく妖怪とは思いのほか懐の広い言葉であると覚えていますと、ちょっと視野が広がるのであります。
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  1. 2009/05/27(水) 19:43:50|
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